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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10680号 判決 1995年12月25日

原告

山田有宏

丸山俊子

原告兼右両名訴訟代理人弁護士

松本修

被告

村松基臣

右訴訟代理人弁護士

清水幹裕

石井慎一

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、各金五〇万円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、弁護士である原告らが、被告に対し、被告の行った懲戒請求が違法であるとして、不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(次の事実のうち、証拠を挙示しない項目については当事者間に争いがない。)。

1  原告らは、いずれも東京弁護士会に所属する弁護士である。

2  被告は、平成六年四月五日、東京弁護士会に対し、別紙「訴書」と題する書面(以下「本件懲戒請求申立書」という。)記載のとおり原告らの懲戒を請求した(甲六、以下「本件懲戒請求」という。)。

二  争点

1  本件懲戒請求が違法か否か。

(原告らの主張)

原告らは、岸宏保(以下「岸」という。)を代理して、平成五年八月、東京地方裁判所に被告を相手として建物収去土地明渡請求訴訟を提起した(当庁平成五年(ワ)第一五一五五事件、以下「別件訴訟」という。)。ところで、本件懲戒請求申立書には、右別件訴訟に関し、「原告らの弁護士に非ざる行為」、「依頼者とは云え、重なる非道犯罪の加害者たる岸宏保の為、被害者村松基臣に対し偽りの訴訟さえしている」、「弁護士の本分(使命・職責)を忘れ」、「借地権等生活権剥奪等の非道行為を遂行しようとしている」等の記載があるが、いずれも事実ではなく、本件懲戒請求は理由がないというべきである。被告は、別件訴訟において不当な利益を得るため、理由がないことを知りながらあえて本件懲戒請求を行い、原告らの名誉と信用を毀損したものであり、不法行為に該当する。

(被告の主張)

被告は、岸から、東京都中野区東中野五丁目○○番○の土地の一部(122.02平方メートル)を賃借しているところ、平成五年五月二二日、岸の代理人である原告らから、昭和六二年一月分より平成五年四月分までの地代を支払うよう催告され、支払わなければ賃貸借契約を解除する旨の通知を受けた。しかしながら、被告は、昭和六三年分までの賃料は支払済みであったので、原告らに対し、よく調査して欲しい旨要望したが、原告らは、被告の話を聞こうとしなかった。そこで、被告は、弁護士会の仲介により原告らと話し合いの機会を持ちたいと考え、東京弁護士会に赴き相談したところ、そのような制度はないが、弁護士としての対処の仕方に不信があるのであれば、懲戒請求をする方法がある旨教示されたことにより、本件懲戒請求を行ったものである。

したがって、被告の意図は、あくまで原告らとの話し合いによる解決を求めるというところにあり、原告らの懲戒を求めることにあったわけではない。

また、懲戒請求の申立書に、原告らが指摘するような主張を記載することは常套手段といえるし、本件懲戒請求は、第一回調査期日前に取り下げられているから、名誉と信用の毀損もなかったものと評価できる。

2  損害

(原告らの主張)

原告らが、本件懲戒請求により被った損害を金銭的に評価すると、各一〇〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲一、二の1ないし3、5、7、12、14の1、2、23の1、2、28の1、2、30、31、32、五、六、乙一、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、岸から、東京都中野区東中野五丁目○○番○の土地の一部を賃借し、右土地上に建物を所有している(当事者間に争いがない。)。

(二) 原告らは、岸の代理人として、平成五年五月二二日到達の内容証明郵便をもって、昭和六二年一月分から平成五年四月分までの滞納地代合計八七万七八〇〇円の支払催告と、支払がなかった場合には賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(当事者間に争いがない)。

これに対し、被告は、平成五年五月三一日、岸方に赴き、同人の妻に対し、請求は間違っている旨述べたところ、言い分があるなら弁護士に言って欲しい、催告のとおりでなければ受け取れないと言われ、請求どおり八七万七八〇〇円を支払った。被告は、右同日、原告丸山俊子(以下「原告丸山」という。)に対し、昭和六三年末までの地代は支払済みであり、書類もある旨電話で話をしたところ、書類をファックスで送って欲しい旨要求されたが、送付しなかった。

平成五年六月六日、岸は、被告方に赴き、被告に対し、間違っているのなら証拠を見せて欲しいと言ったが、見せてもらえなかった。

(三) その後、同年五月分及び六月分の地代の支払がなかったので、原告らは、岸の代理人として、同年七月七日到達の内容証明郵便をもって、同年五月分及び六月分の滞納地代の支払催告と、支払がなかった場合には賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

しかるに、被告から回答がなかったので、原告らは、岸を代理して、同年八月、賃料不払いによる賃貸借契約の解除を理由として別件訴訟を提起したところ、被告は、第一回口頭弁論期日に、証拠として岸作成の昭和六一年一二月七日付承諾書(甲二の31、以下「本件承諾書」という。)を提出したが、右承諾書には、昭和六三年末まで地代が支払済みであることを岸において認める旨の記載があった。

そこで、原告丸山が岸に事情を聞いたところ、同人は、被告に本件承諾書を交付したことを失念していたとのことであった。

(四) その後、原告らは、平成六年二月三日付準備書面において、岸所有の私道に配水管を敷設する問題等に関連して被告に背信行為があったとして、これを賃貸借契約の解除事由として追加主張した。

一方、別件訴訟において和解が試みられたが、同年三月一〇日の口頭弁論期日において、原告丸山は、和解する意思がないことを表明した。

(五) 被告は、同年四月五日、東京弁護士会に本件懲戒請求をしたが、その後これを取り下げた。同年九月三〇日、東京弁護士会綱紀委員会は、原告らを懲戒手続に付さないことを相当とするとの議決をした。

2  以上認定の事実によれば、本件懲戒請求の理由は、必ずしも判然としない点もあるが、要するに、原告らは、被告から、二年分の地代を先払いしている旨指摘され、再三話合いを申し込まれたにもかかわらずこれを拒否し、二か月分未納であると偽って訴訟を提起したうえ、裁判所の勧める和解を拒否したものであり、原告らには、弁護士としての使命職責を忘れ、被告の借地権等を剥奪しようとした非行があるというものである。

そこで検討するに、前記認定の事実によれば、原告らが、被告から昭和六三年末までの地代については支払済みであるとの指摘を受けた事実は認められるが、原告らや岸から証拠書類の提示を求められたにもかかわらずこれを提示しなかったことや岸が本件承諾書の存在を失念しており、別件訴訟提起前に原告らにその存在を告げていなかったため、原告らは、岸の代理人として平成五年五月分及び六月分の地代が不払いであるとして別件訴訟を提起したものであることが認められる。したがって、原告らが訴訟提起前に本件承諾書の存在を知っており、被告に対する請求が理由のないことを知りながら被告の借地権等を剥奪しようとして、偽りの訴訟を提起したものとは認められない。

また、原告らは、賃料不払いだけではなく、配水管の問題等をめぐって被告との間で信頼関係が破壊されたとして解除事由を追加していること等紛争の経緯にも鑑みると、原告らが和解を拒否したとしても非難に値するものではない。

以上によれば、被告の本件懲戒請求は、理由のないものであることが認められる。そして、被告は、前記認定の岸や原告丸山とのやりとり、さらに、別件訴訟における原告らの主張立証により、岸の側に誤解があり、原告らに懲戒事由がないことを容易に認識し得たはずである。それにもかかわらず、被告は、本件懲戒請求を行ったものであり、本件懲戒請求申立書の記載内容、表現等にも照らすと、本件懲戒請求は、弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきであり、被告は、少なくとも過失による不法行為責任は免れないというべきである。

被告は、本件懲戒請求の目的は、原告らとの話し合いによる解決を求めるというところにあり、原告らの懲戒を求めることにあったわけではない旨主張し、被告本人もこれに沿う供述をするが、前記のとおり原告丸山が和解を拒否して間もなく本件懲戒請求をしていること、被告は、原告丸山や原告らの事務所の事務員との電話での会話において、弁護士会の役員、検察庁、警視庁等に知り合いがいることを持ち出していること(乙一)等に照らすと、たやすく信用できず、むしろ、別件訴訟について自己に有利な解決を図ろうとした意図があったものと認められる。

また、被告は、本件懲戒請求申立書に、原告らが指摘するような主張を記載することは常套手段といえるし、本件懲戒請求は、第一回調査期日前に取り下げられているから、名誉と信用の毀損もなかったものと評価できる旨主張するが、前記のような表現が常套手段であるとはいえないし、また、懲戒請求を取り下げたからといって原告らに損害がなかったということにはならない。

二  争点2について

原告らは、本件懲戒請求により、東京弁護士会綱紀委員会での反論等負担を余儀なくされたうえ、弁護士としての名誉を毀損され、精神的苦痛を被ったことが認められるところ(甲七、八)、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告が支払うべき慰謝料は、原告らそれぞれに対し、各五〇万円をもって相当とする。

三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年六月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官角隆博)

別紙<省略>

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